ジャズのドラマーはエージングし、60歳、70歳を経て完成します。
エルビン・ジョーンズ、ロイ・ヘインズ。歴史に残る伝説のドラマーと長期に渡って付き合ってきた萩さんのことばは含蓄がある。
勢い、テクニックなど若い時の方が良いとされることもあるが、円熟味を帯びた演奏は重ねた年が作り出すもので、年の功が強く出てくるものである。
年を重ねることで、より良くなっていく部分が確かにある。これは演奏家にとっては大事なものだ。その大事なものを深く掘り下げたい。大家と比較するのはおこがましいが、自分も年を経る毎に「良い味が出るようになってきた」と言われたら本望だ。そうなるように精進していきたい。
[2006年2月8日(水)記載]
音楽家は感銘を与える職業、生涯にわたって演奏力を極めなければいけない。
僕はドラマーにもよく言います。いや演奏家にです。音楽を演奏することは聞く人に元気を喜びを与える特別な職業です、と。だから常日頃の生活態度、体調管理は重要だと。ドラマーには腰痛持ちの人が多く、職業病と僕は思っています。
エルビン・ジョーンズを見て何故彼のイスはあんなに高いのか考えました。ライオネル・ハンプトンに立ち会った際にも、イスが高いのに気づきました。イスが高い位置で演奏すると腰への負担が軽くなるとの考えに至りました。以来、ドラマーの友人に会うたびに、イスの低いセットで叩く人には、イスを少しでも高い位置で叩くように勧めています。40歳前の人は大丈夫と言って、なかなか聞いてくれません。しかし、確実に40歳を越えると腰痛はドラマーの持病になると今でも思っています。
萩さんに腰を痛めたことを報告したことに対して、萩さんからいただいた返事の一部である。
体調管理は決して容易ではないが、最高の状態でお客様には聴いていただきたい。この言葉を肝に銘じて日々過ごしていきたい。ありがとうございます。
[2005年1月19日(水)記載]
僕はよく英語力の弱さを補うため手帳に絵を描いたり、紙を使って折り紙のような事をやる。
萩さんが話をする時、相手の人は萩さんの話すことに聞き耳を立てる。
萩さんは必死に話をするので聞き漏らすと大変なことになるからである。話し相手も必死で話すので、萩さんも大事なことはメモを取るし、話していて埒があかないときは絵を描いて説明し、三次元の説明をするときには紙を使って立体的に説明するのである。
私はこのような場面に何度も出くわした。
話し相手はディーラーのオーナーであったり、ドラマーであったり、お客さんであったりする訳であるが、相手をとことん納得させるときにはよく絵を描いたり、紙を折られていた。このような積み重ねから数々の名器を発案していったのである。
[2004年8月4日(水)記載]
付き合いなんて長い目で見れば気負わないが一番
自分が無く、周りの人間に翻弄される生き方をしている人間に向けて発せられた言葉。
何だかよく分からないけど、常に周りばかり気にしている人がいる。自分を押し通すのではなく、周りと合わせるだけの生き方。他人の生き方に自分を合わせてどうなるというのだろう。自分の意見を押し通すのは難しいにしても、せめて自分の意見は持っていたいもの。人に合わせるばかりでは、その内人に翻弄されていって当たり前。人に何と言われようと自分の意見を持って、本音で付き合っていけば、ストレスも溜まりにくい。
長くて良い付き合いをするには、気負わないのが一番。名言である。
[2004年7月7日(水)記載]
ミュージシャンには尊敬の念を持って接する
一見当たり前とも思える言葉に聞こえるかも知れないが、楽器業界の人はこれができない人が意外と多い。できない人はただ単にビジネスの相手と割り切る訳である。
初めてのミュージシャンに接する場合、萩さんからは的確なアドヴァイスをもらうことが多く、これがとても役に立った。ミュージシャンの中でも極めている人はアーチストであると言えるし、ミュージシャンは音楽を生活の基盤としているので非常に繊細な神経の持ち主であることが多い。とても繊細であるから数々の名演を残してこれたとも言える訳である。ミュージシャンとの会話で、数少ない語彙から、適切な言葉を選び、相応しくない言葉を使わないように心がけた。
ミュージシャンには尊敬の念を持って接することで、相手も胸を開いてくれる。これは萩さんのミュージシャンに接するときの基本姿勢である。今でも自分の息子くらい若いミュージシャンに対しても同じ気持ちで接している。
若い時から、萩さんは相手の胸に飛び込んで行くことで、一つずつ信用を自分のものにしていったのである。私は自分が楽器を弾くこともあり、萩さんからこの言葉を聞く前からその気持ちで対応していたが、この言葉を聞いてから、より強い気持ちで、ミュージシャンと接するようになった。
萩さんと一緒でないと会えないミュージシャンに沢山会うことができたが、萩さんがいない時でも代役の私に会ってくれ、話を聞いてもらえたのも上記の気持ちが伝わっていたからだと思う。
この気持ちはずっと忘れずに、これからもミュージシャンとは接していきたい。
[2003年8月4日(月)記載]
抜かるなよ
意外と短い文である。しかし、この言葉も非常に印象的に記憶に残っている。
萩さんからのリクエストは決して少なくないし、ハードルが高いのも事実で、当然それで鍛えられてきた訳である。
萩さんの仕事はプライオリティーNo1でやるのだが、どうしても間に合わないことがある。できないならできないなりに最善の努力をすればそれは可となるのだが、優や良を目指して努力する。
しかし、何かの折り、しくじったことがあった。事前に準備していたにも拘わらず、しくじってしまった。当然叱責されることを覚悟していたのだが、その時はなぜか拍子抜けするほど簡単な指導で終わった。
次の大きな仕事の時、準備していていざ始めるとなった時、萩さんから一言、ほんとに一言だけ声をかけられた。
「抜かるなよ」
身が引き締まる思いだった。
前回の失敗を繰り返すな、ということを優しい口調で言われたので、肝に銘じ仕事をしたのだった。その種の仕事では同様の失敗をすることは無くなった。
部下を叱る時にはいろいろ手法があるであろうが、萩さんからは「動」「静」の組み合わせを教えられた。「動」だけでもだめだし、「静」だけでもだめである。
何か大きな決断をしようとするとき、萩さんの抜かるなよ、を思い出す。
[2003年3月14日(金)記載]
一週間に七日働け
管教育楽器輸出課からドラム輸出課に異動してから何日も過ぎてから萩さんには会った。一時期年間250日以上出張していた人なので、私が異動しドラム輸出課に入った時も海外出張中であった。
この言葉は、会って間もない頃に言われた言葉である。かなり印象的であった。在勤中に多くの人に出会ったが、一週間に七日働けと言った人はこの人だけである。
萩さんの動きを見ている内にその言葉の意味が分かった。萩さん自身が実行していることなのである。海外出張中は二週間、三週間全く休みなしのことがある。この人は休まない。土日も仕事している。仕事していく中から、商品アイデアを考えていくのだ。
ドラム輸出課在勤中、度々土日に会社に出た。自主的に出るから無償奉仕なのだが、身近で労を惜しまず仕事をしている人がいると苦にならないものだ。また面白いもので、土日に出ている人の顔ぶれを見ると、事業部を支えている人達が大半なのである。
一週間に七日働け。この言葉はこれからの自分の人生に最も有効に作用していくだろう。何も体を動かすだけが働くのではない。頭で考えること、これこそ大事な仕事である。
[2003年2月14日(金)記載]
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